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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)791号 判決 1981年3月25日

控訴人(附帯被控訴人) 村松久勝

控訴人(附帯被控訴人) 村松忠市

右両名訴訟代理人弁護士 菊池史憲

杉浦智紹

被控訴人(附帯控訴人) 大竹勝雄

右訴訟代理人弁護士 仲田賢三

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人に対し、控訴人村松久勝は五八二万円、控訴人村松忠市は五九二万円及びいずれも右各金員に対する昭和五〇年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求(当審で拡張した部分も含む。)はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ三分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

本判決は被控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  申立て

1  控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)ら代理人

(一)  原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。

(二)  被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)の請求を棄却する。

(三)  本件附帯控訴(当審における拡張部分を含む。)を棄却する。

(四)  訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。

2  被控訴人代理人

当審において附帯控訴を申立て請求を拡張した。

(一)  原判決を次のとおり変更する。

(二)  被控訴人に対し控訴人村松久勝は一九一三万四〇〇三円、同村松忠市は一九二五万六〇〇三円及びこれらに対する昭和五〇年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人らの負担とする。

(四)  本判決は仮に執行することができる。

二  被控訴人の主張

1  事故の発生

被控訴人は左記事故(以下本件事故という。)により後記の傷害等を受けた。

(一)  日時 昭和五〇年四月一二日午前九時一五分頃

(二)  場所 静岡県沼津市千本港町六の二地先交差点(以下本件交差点という。)

(三)  加害車(以下村松車という。)普通乗用自動車(静岡三三な一三二一)

右所有者 控訴人村松久勝(以下控訴人久勝という。)

右運転者 控訴人村松忠市(以下控訴人忠市という。)

(四)  被害車(以下大竹車という。)普通乗用自動車(静岡五五の三二九四)

(五)  事故の態様(別紙(一)被控訴人主張の事故関係図―以下別紙(一)という―及び別紙(三)衝突関係図―以下別紙(三)という―参照、以下同じ) 大竹車が本件交差点東端から西方八メートルの地点(別紙図面(一)(三)の各点)で右折を開始したところ、追従してきた村松車が、道路標示で示された中央線(以下中央線という。)を突破して大竹車を追越そうとしたため、大竹車に同点で衝突した。

2  責任原因

(一)  控訴人久勝(自動車損害賠償保障法三条所定の運行供用者責任)

同控訴人は村松車を所有し自己のため運行の用に供していた。

(二)  控訴人忠市(民法七〇九条の不法行為責任)

同控訴人は村松車を運転して、別紙(一)(三)記載の本件交差点を東西に走る道路を、県道沼津土肥線方面から千本港町方面に向けて西進中、村松車は控訴人久勝所有の大型車で座席が深いため、短身の控訴人忠市にとって乗り馴れず前方がよく見えない車であり、かつ同控訴人は付近の地理に不案内であったから、前方を注視し、車間距離を十分にとって安全運転に努めなければならないにもかゝわらず、それを怠り、自車前方を西進していた大竹車との間に車間距離を十分にとらず、その右折合図を見落し、追越禁止場所である本件交差点において中央線を越えて(別紙(一)②点が越えた点である。)、大竹車を追越そうとした過失により、本件事故を発生させた。

(三)  過失相殺の主張に対する反論

本件交差点の東端から約一六〇メートル東方に、信号機のある十字路交差点(以下十字路交差点という。)東端の横断歩道の西端がある。

大竹車が港大橋から十字路交差点に向って西進してくると、村松車が赤信号のため十字路交差点の東側停止線手前の中央線寄り車線(以下内側車線という。)に停車していた。大竹車はそのまゝ民地寄りの車線(以下外側車線という。)を西進し十字路交差点の右停止線手前一〇メートル弱に至ったとき、十字路交差点の信号機の表示が赤から青に変ったため、大竹車は停止せず同車線を加速して進行した。

十字路交差点東端の横断歩道の西端から約五六メートル西方(即ち本件交差点東端から約一〇四メートル東方)の右道路南側に別紙(一)記載の沼津魚市場仲買商詰所(以下仲買商詰所という。)の建物西端があり、その北側の外側車線に白い車が停車していたので、大竹車は十字路交差点を越えると、直ちに内側車線への進路変更を開始し、仲買商詰所の建物東端前で右進路変更を完了した。

大竹車は時速約五〇キロメートルで中央線に沿ってその左側を進行し、被控訴人は本件交差点東端より西方約三〇メートルの地点(別紙(一)(三)の各点)で、後方を確認して村松車が約一〇メートル以上後方(別紙(一)点)を追従してくるのを見た後、右折の合図を出して、減速し、本件交差点東端より西方約八メートルの地点(別紙(一)(三)の各点)で右折を開始したところ、前記のように前方不注視、車間距離不適当、安全運転違反、追越禁止場所追越等の過失ある村松車によって衝突された。

3  損害

(一)  傷害、治療経過、後遺障害

(1) 被控訴人は本件事故により頸部捻挫・疼痛・頭重・両混合性難聴(外傷性)・両耳鳴症・右上腕打撲の傷害を受けた。

(2) 被控訴人はその治療のため、昭和五〇年四月一二日から同年七月三〇日まで勝呂医院へ合計四三日間通院し、同年四月二五日から同年七月三〇日まで杉山医院(耳鼻科)へ合計五三日間通院した。

(3) 被控訴人は右治療にもかゝわらず、両耳の聴力が著しく低下し、しかも左手の握力低下・左腕の倦怠感・左前膊から指にかけての軽度のしびれ・左側頭部から肩にかけての鈍重・頸痛・頭重・肩こり・左右の耳鳴りなどの神経症状の各後遺障害を残した。

(二)  休業損害及び逸失利益 一四二六万八〇〇三円

(1) 被控訴人は本件事故当時五四歳の健康な男子であり、大竹土木有限会社の取締役として月額一八万円の給与を得、このほか個人で土木建築請負業を営み月額少くとも一五万円の利益を得ていた。よって被控訴人の得る利益月額は三三万円を下らない。

(2) 仮に右事実が認められないとしても、被控訴人は本件事故当時の五四歳男子労働者の平均給与月額二〇万七一〇〇円(労働省調査昭和四八年賃金構造基本統計調査第一巻第二表の産業計企業規模計学歴計五四歳男子労働者の平均給与額の月割額を一・一六倍した金額)を下らない収益を得ていたと推認されるべきである。

(3) しかるに被控訴人は本件事故により昭和五〇年四月一二日から三か月間治療等のため右事業を営むことができず、右の得べかりし利益九九万円又は六二万一三〇〇円を失った。

よって被控訴人はうち六〇万円を請求する。

(4) 被控訴人は右後遺障害により労働能力のうち五六パーセント(自動車損害賠償保障法施行令別表七級二号、同一四級一〇号参照)を失った。

よって被控訴人の前記利益月額二〇万七一〇〇円の一二か月分に相当する金額に右割合を乗じ、これに、五四歳男子である被控訴人の六七歳までの就労可能年数一三年のホフマン係数九・八二一を乗ずれば、一三六六万八〇〇三円となる。これが被控訴人の後遺障害による逸失利益である。

(三)  慰藉料 七一二万八〇〇〇円

被控訴人は右傷害により前記の通院治療を受け、前記後遺障害に苦しみ、多大の精神的損害を受けた。これを償うべき慰藉料は前記金額をもって相当とする。

(四)  物的損害 一二万八〇〇〇円

(1) 被控訴人所有の大竹車は右衝突によりドアパネル・ウインドガラス・フェンダー等を破損し、被控訴人は有限会社湯原自動車工業にその修理を請負わせ、代金として九万八〇〇〇円を支払った。

(2) 被控訴人は日常使用していた大竹車を修理のため使用できなかった期間である昭和五〇年四月一二日から同年同月一八日までのうち六日間、生活上の必要に迫られ、株式会社トヨタレンタリース静岡から自動車を賃借し、使用料として三万円を支払った。

(五)  弁護士費用 一九一万二〇〇〇円

被控訴人は控訴人らが右損害を賠償しないので、弁護士仲田賢三に本訴第一審の追行を委任し、昭和五〇年一〇月八日第一審手数料二〇万円を、第一審判決言渡の日である昭和五三年三月一一日第一審報酬六一万二〇〇〇円を各支払い、同年五月二五日同弁護士に第二審の追行を委任し、その手数料三〇万円を支払ったほか、第二審判決言渡時に報酬八〇万円を支払う旨約した。

(六)  損害の填補 四一八万円

被控訴人は自動車損害賠償責任保険から前記後遺障害による保険金として四一八万円の支払いを受けた。

4  結論

よって被控訴人は当審において、休業損害、慰藉料、弁護士費用につき請求を拡張して、控訴人久勝に対し、右3(二)(三)(五)の合計金額から同(六)の金額を控除した残額一九一三万四〇〇三円、控訴人忠市に対し右3(二)ないし(五)の合計金額から同(六)の金額を控除した残額一九二五万六〇〇三円及び、右両名に対し右各金額に対する昭和五〇年四月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める権利がある。

三  控訴人らの主張

1  認否

被控訴人の主張1(五)のうち衝突を除くその余の事実は否認する。その余の1の事実及び右衝突の事実は認める。

同2(一)のうち控訴人久勝の村松車所有の事実は認め、その余の事実は否認する。

同2(二)のうち控訴人忠市が本件事故当時村松車を運転し被控訴人主張の道路を西方に進行中であったことは認め、その余の事実は否認する。

同3(一)は不知。

同3(二)のうち被控訴人が本件事故当時五四歳であったことは認め、その余の事実は争う。

同3(三)は争う。

同3(四)ないし(六)は不知。

2  過失相殺の主張(別紙(二)控訴人ら主張の事故関係図―以下別紙(二)という―参照)

村松車と大竹車とは別紙(二)記載のとおり、県道沼津土肥線から千本港町方面に向って本件道路(片側二車線・幅員一三メートル)を西進し、十字路交差点で赤信号のため一旦停車した後、村松車は内側車線を、大竹車は外側車線を、各々ほゞ並行して時速約五〇キロメートルで西進して、本件交差点東端から約三〇メートル東側の地点の道路南側にある警察官派出所よりも若干西方(別紙(二)点南方であり、別紙(三)点である。)において、大竹車は村松車より三〇ないし五〇センチメートル先行していたのに、進路変更の合図をせず右方及び右後方に注意もしないで村松車よりも速い速度で、その進路直前に割込み、右折をはかった。

ところで、別紙(二)のとおり大竹車が進行中の外側車線前方で本件交差点の手前(東側)には、交差点から順に乗用車と大型バスとが同車線をふさぐ格好で停車していたのであるから、村松車は大竹車を避けるために、左の外側車線に進路を変更できず、直ちに右に進路を変えようとした結果、別紙(二)のとおりその点と点との中間、即ち別紙(三)②点と③点との中間あたりで中央線をこえるのやむなきに至り、大竹車がなおも右に寄るのを感じて急ブレーキを踏んだが及ばず、本件交差点内の別紙(二)(三)の各点で大竹車と衝突した。

このように大竹車の進路上でしかも本件交差点の手前にバス等が停車し、そこは実質片側一車線となっていたのであるから、大竹車は本件交差点を右折しようとする以上、大竹車の進路変更右折により村松車が速度及び進行方向を急に変更する必要に迫られないように、村松車の動静に注意しつゝバスのかなり東方で予じめ大竹車の速度を上げて村松車より先行しかつ合図の上内側車線に変更右折するか、或は速度を下げて村松車の先行を許すなどすべきであるのに、大竹車は自車の進路変更及び右折の合図をせず、又村松車に衝突を避けるための距離的時間的余裕を与えず、かつ村松車の動静を見届けないまゝ進路変更及び右折を行うとの落度により本件事故を発生させたもので、過失相殺を免れない。

理由

一  本件事故の発生

被控訴人運転の大竹車と控訴人忠市運転の村松車とが、被控訴人主張の日時場所において衝突したことは争いがない。

二  責任原因

1  控訴人久勝

同控訴人が村松車を所有していたことは争いがないから、特段の事情の認められない本件では、同控訴人は村松車を自己のため運行の用に供する者と推認される。

2  控訴人忠市

(一)  認定事実

《証拠省略》によると、次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

大竹車と村松車とが衝突した場所は、別紙(三)点である。これは、県道沼津土肥線から港大橋を経て千本港町方面に向って東西に走る片側二車線車道幅員一三メートルの舗装道路(以下本件道路という。)上の本件交差点内に存する。

大竹車と村松車とはいずれも本件事故直前、本件道路上を港大橋方面から西進し、十字路交差点を通過した。その後外側車線を西進する大竹車が、内側車線を西進する村松車に先行しつゝ、別紙(一)のとおり、外側車線上前方に停車中の自動車を避けて、内側車線に進路を変更しはじめ、仲買商詰所(その西端は十字路交差点東端の横断歩道西端から五六メートル離れている。)を通過した後進路変更を終え、その後内側車線中央部分を時速約五〇キロメートルで村松車よりも先行しつゝ西進した。

大竹車が本件交差点東端から約三〇メートル東方の別紙(三)点(衝突地点である同(三)点から約三六メートル東方にあり、かつ当時外側車線内に停車中のバス二台及び乗用車のうち最も近い乗用車の最後尾(同(三)甲点)から十数メートル東方にある。)で、右車両を避け、本件交差点での右折の準備をすべく、まず右折の合図をしながら後方を確認したところ、自車のやゝ右側後方六・四メートル中央線寄り(同(三)①点)に村松車が迫ってくるのを発見し、その後は後方に注意することなく、そのまま中央線寄りに自車を寄せかつ減速しつゝ約二四メートル進み、同(三)点より一二メートル東南方の同(三)点において右折を開始した。

控訴人忠市は同(三)①点において前方左側の外側車線にバス二台乗用車一台が停車しているのを発見したが、大竹車が同(三)点で右折合図をしたのを見落し、大竹車が右折するとは思わず、中央線をこえて対向車線上を減速もせず、大竹車との車間距離をさらに短縮して、追越禁止区域なのに追越をかける態勢で同(三)③点において大竹車と並進に近い状態になったとき、大竹車が同(三)③点から三・二メートル離れた同(三)点で右折を開始したのを発見し、急いで制動をかけたものの間に合わず、同(三)点で大竹車と衝突した。

(二)  当事者の主張等に対する判断

(1) 《証拠省略》によると、「大竹車は十字路交差点で、停車中の村松車を追抜いて、時速五〇キロメートルで仲買商詰所付近を走行中、村松車はまだ十字路交差点内か、それを出るところであった。大竹車が同(一)及び(三)の各点に達したとき、村松車は約一〇メートル後方を追従中であった。」というにある。

控訴人らは、「大竹車は村松車とともに十字路交差点を同時発進し、大竹車がやゝ頭を出したいわば並進状態で衝突現場に至った。仮に被控訴人主張のような位置関係であるとすれば、その間の距離及び両車の速度につき不合理な結果を生ずる。」と主張する。

しかし、十字路交差点における両車の先後関係については、控訴人忠市及び被控訴人各尋問の結果(いずれも原審及び当審)は互に全く食いちがっており、証人渡辺勝の証言も、この点に直接触れていない。結局いずれが真実であるかは確定し難い。又被控訴人尋問の結果(原審及び当審)中、大竹車が仲買商詰所付近を走行中村松車が後方の十字路交差点内にいたか、又はこれを出るところであったとの部分は、これを裏付けるべき証拠はなく、採用できない。

(2) 控訴人らは、甲第一号証の七(司法警察員作成の実況見分調書)、八(司法警察員作成の現場見取図)はその作成経過に照らし措信できないと主張する。

たしかに証人木村智英、上野道明の各証言によると、同人らが捜査官として右各書証を作成したとき、当然関係者に確かめるべきことを確かめていない等のうらみはあるが、控訴人忠市尋問の結果(原審)に照らしても、右各書証は前記認定の資料とした限りにおいては、誤りがあるとは考えられない。

(3) 乙第一五号証は江守一郎作成の事故原因に関する鑑定書である。同鑑定書は、衝突速度を大竹車毎時二五キロメートル、村松車同二〇キロメートル、中央線に対する衝突時の姿勢角は大竹車五五度、村松車二〇度であると認定している。

同鑑定は、車両の停止位置が特定できず、車両の破損に関する記録写真もなく、実況見分調書、供述調書、修理見積書等の本件記録によらざるを得なかったとの制約を免れない。従って右鑑定をもって前記認定を覆えすには必ずしも十分とはいゝ難い。

(4) 証人渡辺勝の証言によると、同人は十字路交差点東側停止線から約一〇〇メートル西方附近(ちどり丸乗場西方、別紙(二)参照)で停車中の自動車の中からサイドミラーなどで大竹車と村松車との走行を目撃したというにある。

しかし、右の位置に自動車が停車していたことは、《証拠省略》中には見出すことができず、被控訴人尋問の結果(原審)中に、白いライトバンが仲買商詰所西端の外側車線に停車していた(別紙(一)参照)との部分が存するにすぎない。別紙(一)と同(二)とを対照すると、この位置は証人渡辺勝のいう停車位置とは著しく異っているのであって、結局同証人のいう目撃場所が正確か否かは、同証人の証言が、事故発生後三年半を経てはじめてなされたことに照らしても、これを断定し難く、控訴人らのいう如く、これを全面的に採用することは困難である。

(三)  当事者の過失

右二2(一)で認定した事実によると、控訴人忠市は大竹車の右折合図を見落し、その右折に気づかず、追越禁止区域において中央線をこえて追越状態になったとの過失を免れない。

一方被控訴人は別紙(三)点で後方を確認したとき、村松車が六・四メートル右後方の近距離に迫り、追越をかけるおそれのある状態にあり、又大竹車の右折時には、村松車は並進に近い状態にあったのであるから、被控訴人はこれを知り右折を慎重に行うことにより衝突を回避できたはずであるのに、村松車が速度又は方向を急に変更せざるを得ないような状態のまゝ、右折を開始したとの落度がある。

三  損害

1  傷害、治療経過、後遺障害

《証拠省略》によると、被控訴人主張の傷害、治療経過、後遺障害(事実摘示二3(一))を認めることができ、この認定を左右する証拠はない。

2  休業損害及び逸失利益 合計九六〇万円

(一)  被控訴人が本件事故当時五四歳の男子であったことは争いがない。

《証拠省略》によれば、被控訴人は本件事故当時、同族会社であり人夫一四、五人、事務員二人を使用して建設業を営む大竹土木有限会社の代表者であり、これよりさき昭和四九年五月まで月額一八万円の報酬を得ていたが、その後は赤字経営に陥らないため、この報酬を受けていないことが認められる。

《証拠省略》によると、被控訴人は昭和五〇年三、四月頃個人として墓地、便所、側溝等の工事を請負い、若干の収入を得たが、これにつき所得税の申告をしていないことが認められる。

しかしこの二か月間の不安定要素を含み、税務申告もしていないような収入だけでは、その年間稼動能力を認定するのに十分ではない。この点についての右尋問の結果は採用しない。

《証拠省略》によると、被控訴人は本件事故当時、妻、東京の大学に在学中の長男、無職の長女の三名を扶養しており、月額一五万円ないし二〇万円程度の収入では生活に苦しかったことが認められる。

以上の諸事実を考慮すると、被控訴人の一か月当り労働収益能力は二〇万円と認めるのを相当とする。

(二)  前記認定の治療経過及び被控訴人尋問の結果(原審)によると、被控訴人は本件事故により治療等のため昭和五〇年四月一二日から三か月間休業し、その間労働により得べき利益を失ったことが認められる。従ってその額は六〇万円である。

(三)  前記認定の被控訴人の後遺障害の程度及び《証拠省略》によると、被控訴人は前記後遺障害のため建設現場での意思の疏通、機械操作、作業上の危険防止等に支障を来すようになったが、補聴器の使用によりこれはかなり緩和されるものの、なお労働能力に制限を受けていることが認められる。その喪失の程度は右の事情のもとでは四〇パーセントと認めるのを相当とする。

被控訴人は右休業期間終了時から約六七歳に達するまでの一三年間労働可能であると推認される。

よって被控訴人の一か月二〇万円の割合による右一三年間の得べき利益からライプニッツ式計算法により年五分の割合の中間利息を控除し、前記労働能力喪失割合を乗じ、なおこれが将来の不確定要素をも含む点を考慮し端数を調整してその事故時の現価を求めれば九〇〇万円となる。

3  慰藉料 四〇〇万円

右各事実によれば被控訴人は本件事故により多大の精神的損害を受けたものというべく、その慰藉料額は四〇〇万円と定めるのを相当とする。

4  物的損害 一二万八〇〇〇円

(一)  大竹車の受けた損害

《証拠省略》によると、被控訴人主張の大竹車の受けた損害に関する事実(事実摘示二3(四)(1))が認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  代替車賃借料

《証拠省略》によると、被控訴人主張の代替車に関する事実(事実摘示二3(四)(2))を認め得る。

5  過失相殺 約三〇パーセント

前記認定の事故の態様によれば、被控訴人にも前記の落度があるので、控訴人久勝には前記三2及び3の損害合計額の約七〇パーセントに当たる九五〇万円、同忠市には前記三2ないし4の損害合計額の約七〇パーセントに当たる九六〇万円を賠償させるのを相当とする。

6  損害の填補 四一八万円

被控訴人が自動車損害賠償責任保険から後遺障害保険金として四一八万円の支払いを受けたことは、被控訴人の自認するところであるから、これを前記賠償額から控除する。

7  弁護士費用 五〇万円

被控訴人は控訴人らから損害の賠償を得られないので、弁護士仲田賢三に委任して本訴を提起したことは記録上明らかであり、事案の内容、訴訟の経過、その難易等に照らし、控訴人らをして賠償させるべき弁護士費用は本件事故発生時の現価で五〇万円と定めるのを相当とする。

8  合計 控訴人久勝 五八二万円

同  忠市 五九二万円

よって控訴人らの賠償すべき損害額は右三5及び7の合計額から三6の填補額を控除した残額、すなわち同久勝につき五八二万円、同忠市につき五九二万円である。

四  結論

よって被控訴人に対し、控訴人久勝は五八二万円、控訴人忠市は五九二万円及びいずれも右各金員に対する事故時である昭和五〇年四月一二日から完済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負い、被控訴人の請求(附帯控訴による拡張部分を含む)は右の限度で理由があり認容すべく、その余の請求は理由がなく棄却すべく、これと異る原判決を主文のとおり変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鰍澤健三 裁判官 沖野威 奥村長生)

<以下省略>

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